平成二十年(二〇〇八年)十一月一日(土)
(第二千五百九十三回)
◯高瀬正仁著「岡潔-数学の詩人」(岩波新書、2008/10)が出版される。
◯胡蘭成著「日本及び日本人に寄せる」(昭和五十四年一月刊、日月書房)、
百八十八頁。
「岡(潔)は数学は創造的だが、物理学は何一つ創造したことがないといって、
ご本人も数学上の発見の体験を次のように述べている。
『研究主体としての研究者が、自分を無にして、一つの法姿になる。研究の対象
である自然も一つの法姿である。それに関心を休まずに持ち続ける。ずっと主体
の法姿と客体の法姿が融合して一つになって混沌に入る。そしてふと、宇宙の果
てまで一つの大円境智が閃いて、中に第三の法姿(研究の解答)が現れる。その
時の喜びの光は、天地万物に満ち溢れる。この第三の法姿は創造されたものであ
る。数学は自然にあるものを発見するのではなく新たにものを生み出すのである』」
◯筆者は、七、八年前、文化勲章受章後の岡潔のエッセイ本を集中的に研究したこと
がある。
◯そのとき既に、岡潔は、完全に世間に忘れられていた。
◯岡のエッセイを残らず見て行くと、
そこに、「胡蘭成」と言う、全く未知の人の名前を発見した。
◯そこでこのひとについて検索して行くと、全く何も分からない。
◯苦心して、ようやく、手がかりを見つけ、次々に古本を入手した。
◯そして最終的に、日本語のすべての著作の古本、その他の資料、
そして、台湾滞在の一、二年のうちに出現した一人の女性の弟子、朱天文女史が、
胡蘭成没後、出版した、「漢文 胡蘭成全集」(全九巻)も台湾で入手した。
◯台湾では、早くから、日中戦争末期の上海で胡蘭成と熱烈な恋愛結婚をした張愛玲
(チャン・アイリン)の作品が広く読まれ、その関係で、その前夫、胡蘭成につい
てもある種の関心は持たれていた。
◯更に、この数年、共産中国でも、條件付きで、胡蘭成の若干の作品が再版されている。
◯しかし、日本では、今に至るまで、本格的な胡蘭成評価はなにもない。
◯岡潔については、
藤原正彦と言う、絵に描いたような俗物数学者が、自分の「権威」を高めるダシ
として岡潔を利用したおかげで、
◯最近は、少々浮上した。
◯高瀬正仁さん(いまは、九州大学数学科准教授)は、五、六年前だろうか、年末に
私を訪ねて来られ、評伝岡潔全二巻の大著の原稿コピーを頂いた。
◯この原稿を出版する出版社が見つからないと。
◯高瀬さんは、高校生の頃、岡潔先生の本に感動して、数学者たらんと志を立てられ、
東大数学部に入ったけれどもその程度の低さに絶望した。
◯大学院は、九州大学に移ったけれども、九大と言わずすべての日本の大学の数学界は、
もはや岡潔の高次元の数学とは、全くの無縁である、と。
◯しかし、幸いにも、その後、或出版社から前出の大著、
評伝岡潔全二巻は出版された。
◯これは、再版されたようである。
◯長い間、「万年助手」の見本のような存在であったらしい高瀬さんがようやく世間に
認められるように成りかけ、今回の岩波新書の出版と成った、と。
◯この本は、世界の数学界のごく少数最尖端、天才数学者グループの一人としての岡潔を、
描いている。
◯その「天才ぶり」は、胡蘭成が引用した、前出の引用文にも示されている。
◯しかし、ここから岡潔の最晩年の境地まで、道は、はるかである。
(了)
【註】
◎太田龍著「評伝 胡蘭成」
(未公刊。学習参考資料として、日本義塾出版部からコピー版が出ている)
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